• 2016/06/02
  • Edit by HARUMA YONEKAWA
  • Photo by TOYOAKI MASUDA

コクリ!対談(前編) すべてを自分ゴトと考えるのがコクリ!の流儀

4人のコクリ!メンバーに、思う存分、対話していただきました。

すべてを自分ゴトと考えるのがコクリ!の流儀

2016年4月、「コクリ!プロジェクト」が誇る4人の賢人に集まっていただき、思う存分お話しいただく「コクリ!対談」を行いました。実に3時間、地域の実例を交えながら、さまざまな話題が取り交わされていきました。その内容をできるだけこぼさないように仕上げたら、コクリ!プロジェクトサイトの中でも、特に中身の濃い記事ができ上がりました。前後編に分けてご紹介します。

前編は、「資本主義に代わるものとは一体何か?」「なぜデモでは世界を変えられないのか?」「イデオロギーは必要か?」「実体主義と関係主義のどちらが正しいのか?」「コクリ!プロジェクトは関係性づくり、プロセスづくりに徹すればいいのでは?」といったことがテーマです。では、早速どうぞ。

※注:「とーりまかし」をご覧の皆さんへ。こちらが対談の全編(の前編)になります。

高間さん/高間邦男さん/株式会社ヒューマンバリュー 会長
1996年から「学習する組織」の研究調査を行い、AI・OSTなど、ポジティブアプローチでの組織変革手法を日本にいち早く紹介。

太田さん/太田直樹さん/総務大臣補佐官
モニターカンパニー、ボストン コンサルティング グループ シニア・パートナーを経て現職。地方創生とICT/IoTの政策立案・実行を補佐。

べっくさん/阿部裕志さん/株式会社巡の環 代表取締役
トヨタ自動車を経て、2008年、「持続可能な未来へ向けて行動する人づくり」を目的に、島根県海士町で巡の環を仲間と共に設立。

賢州さん/嘉村賢州さん/NPO法人 場とつながりラボ home’s vi 代表理事
場づくりの専門集団を組織。第1期~第3期京都市未来まちづくり100人委員会・元運営事務局長(~2011年)。

聞き手:愛ちゃん/三田愛さん アシスタント:草刈くん/草刈良允さん

種火、情熱、責任を持った人が動かしていくことが大切

高間 コクリ!キャンプのような場をつくるとき、大きく分けて二つの方法があると思うんです。一つは、多様なステークホルダーを集める方法で、もう一つは「想い=種火」を持った人が仲間を集める方法です。実は、前者は失敗しやすい。想いのあるチェンジエージェントが仲間を集めないと、うまくいかないと思います。その点、コクリ!キャンプは、愛さんが中心となって想いを持った多様な仲間を集めている取り組みで、それがうまくいっている理由の一つだと感じます。

太田 場にも「クリエーションの場」と「クリエーションの後に具体的な事を起こす場」の2種類があります。コクリ!の場は、クリエーションの場ですね。この二つは似て非なるもので、事を起こす場には多様なステークホルダーが必要ですが、クリエーションの場に集うべきなのは「問題意識」を持った人で、肩書きはあまり関係ありません。この二つを混同して、クリエーションの場に肩書き優先でメンバーを集めると、高間さんのおっしゃるとおり、失敗するのだと思います。

高間さん/高間邦男さん/株式会社ヒューマンバリュー 会長

高間 企業内でイノベーションを起こすときもまったく一緒ですね。

太田 その通りですね。形式的にクロスファンクションチームをつくるくらいでは、たいがいの場合、うまくいきません。

高間 やはり種火を持った人が企画を立て、動かしていくことが大切です。

べっく 海士町では、まさに動機を持った人たちが集まって、海士のこれからを主体的に考え始めたところです。というのも、「まち・ひと・しごと創生総合戦略」の立案を次世代育成のチャンスと捉え、行政が「20~40歳代の男女で、策定する戦略を自ら成し遂げたいという強い思いを持つ者」を公募したんです。そこに集まったメンバーによって昨年発足したのが、住民参加型会議「明日の海士をつくる会」です。ただ行政が公募しただけではうまく集まらなかったかもしれませんが、海士町では5年ほど前から種火を持った若手が増えており、互いに声を掛け合って参加した結果、行政と民間半々で20名のチームがスムーズに立ち上がりました。

べっくさん/阿部裕志さん/株式会社巡の環 代表取締役

賢州 僕は2008年から3年半、「京都市未来まちづくり100人委員会」を運営しました。京都の未来をつくるプロジェクト創発を目的とした場でしたが、あるとき、「情熱と責任を持って動ける人のアイデアだけを募ります」と言って、対話したことがあります。緊張感の高い時間になりましたが、それが良かったのだと思います。実は、その対話をきっかけに始まった13のプロジェクトのうち、6つ程度が今も続いているんです。単にアイデアだけを募っても、こうした変革は起こらなかったでしょう。イノベーションを起こすには、情熱と責任を持って主体的に動ける人が中心にいることが、アイデア以上に大切だと思います。

俗情的な動きは、決してサステナブルにならない

高間 反対に、ただ集まって盛り上がるだけでは、本当に世の中を変えていくのは難しいのが現実です。ハンナ・アーレントは『全体主義の起源』で、全体主義のもとで、人々は社会的な「俗情」を語り始めたと言っています。また、全体主義の唱える理屈は、俗情を隠蔽するためのご都合主義なもので、まったく一貫性がなかったとも語っています。現代のアラブの春やアメリカのウォール街占拠運動、日本のデモは、基本的には全体主義に抵抗する動きですが、俗情が先行し、イデオロギーがなく、具体的な施策がいつまでも出てこない点は、実は全体主義に似ています。厳しい言い方になりますが、これでは世界を変えることはできないと思います。

賢州 SNSなどを利用して、「●●が良くない」「今を変えたい」で一致団結するのは簡単な世の中になりましたね。でも、高間さんのおっしゃるとおり、一致団結した人たちの未来像がバラバラなままでは、イノベーションには結びつきません。

高間 俗情的な動きは、決してサステナブルにならない。そこが問題だと思います。

べっく ただ、僕が気になるのは、これからの時代に果たしてイデオロギーが必要なのかということです。会社員時代、哲学者・内山節さんの講演を聞きに行ったことがあります。そこで僕は、「これからはどういった主義が台頭するのでしょうか?」と質問したのですが、内山さんは次のように答えられたのです。「イデオロギーというのは皆を誘導し、皆の生活を良くしていくための手段として使われてきました。しかし、いま、僕らが気づいたのは、世界は何かが良くなれば、何かが悪くなるというトレードオフの関係にあるということです。だとしたら、イデオロギーは本当に必要なのでしょうか? それよりも、目の前のことを一つひとつ丁寧に解決していくことのほうが重要ではないでしょうか」。

賢州 皆でポジティブな目標、イデオロギーのようなものに向かっていく道もあるし、合言葉なく絡み合っていく方法もあると思います。どちらがよいのか。それは難しいですね。

太田 今、アメリカも同じようなことで悩んでいます。これまでアメリカは、リーダーと民衆の緊張関係がプラスに働き、社会を前進させてきました。いくら民主主義といっても、青写真を描き、社会を変えていくためには、強いリーダーが必要なのです。しかし、今はSNSなどで民衆が爆発的な力を持ち、相対的にリーダーが弱体化しています。リーダーが、ある目標に向けて皆を引っ張っていくのが難しい時代になったのです。その結果、大統領選挙がポピュリズムになってしまいました。

賢州 日本でも、リーダーはますます弱くなっていますね。以前、湯浅誠さんと対談したときに、これからはリーダーの探求や試行錯誤を応援する社会をつくっていかないと、とにかくリーダーが大変だとおっしゃっていましたが、その通りだと思います。

 コクリ!プロジェクトでは、イデオロギーとは違いますが、「共通の目標=北極星=ありたい未来」を重視しています。コクリ!プロジェクトは、「100年後からみて、歴史が変わった社会実験がおこる場にしたい」という大きな北極星は掲げていますが、目指す社会像などは具体的にしていません。最近、北極星をもっと詳しく言語化してほしいというメンバーの声を、チラホラ聞くようになりました。そうなってきてから、つくるのがよいのかなと感じています。あくまでも一人ひとりの「種火」が出発点で、でもそれだけでは世の中を変えられないと多くが感じたときに、はじめて「北極星」を言語化し、皆で共有する。その順番が大切なのではないかと思うんです。

問題は、資本主義が「成長」と「資源」を分断していること

太田 もう一つ、アメリカの話でショッキングだったのは、民主主義だけでなく、資本主義も機能不全に陥っているということです。簡単に言うと、企業がどれだけ利益を得ても、それが従業員に還元されなくなったのです。民衆の多くは、まだそのことに明確には気づいていないのですが、無意識に不満が溜まっていて、それがアメリカ大統領予備選挙でトランプやサンダースが躍進している原因の一つだと言われています。

太田さん/太田直樹さん/総務大臣補佐官

高間 この1年、「資本主義に代わるものとは一体何か?」を調べてきました。資本主義で重要なことは、債権に利子がつき、資本が増殖するということです。この増殖が止まったら、もはや資本主義とは呼べません。そして、資本が増殖するためには、経済成長が必要です。しかし一方で、このままいくと、あと数十年で資源が枯渇し、地球環境が持続可能でなくなると言われています。それを防ぐには、経済成長を止めなくてはなりません。このジレンマを解決する理論は今のところ存在していないと思います。もし希望があるとすれば、それは理論やイデオロギーではなく、「新技術の発明」でしかないだろうという人もいます。確かに、さまざまな新技術によって社会が進化して、状況が改善されていく可能性は十分にありますね。

べっく 僕は今、サティシュ・クマールが創設したイギリスの「シューマッハ・カレッジ」で学んでいます。シューマッハ・カレッジが目指すことの一つは、17世紀の科学革命によって進んだ「分断化」の再統合です。科学革命以来、それまでは一緒だった科学と哲学と倫理と経済が離れてしまいました。これらを再統合して、ホリスティックな考え方を取り戻さなくてはならないというのが、シューマッハ・カレッジの考え方です。その意味では、実は日本の田舎は分断化がそれほど進んでいません。中心から遠かった分、古いものが残っているんです。たとえば、海士町には「哲学する経営者」がいて、田舎の文化に根付く倫理観を大事にしながら、CASという最先端の科学技術を採り入れ、地域社会と地域経済をどのように成り立たせるのがよいかを日々考えています。

 大事なもの、統合された感覚が地方に残っているというのは、よくわかります。たとえば、黒川温泉のゆうきさん(北里有紀さん)は、「山を手入れしないと、身体が蝕まれる気がする」と言うのです。都会でせわしなく動いてきた私には、こんな感覚はない。その言葉を初めて聞いたとき、衝撃的だったのを覚えています。

高間 分断化と統合について、企業や経済がどのように変わってきたかと言えば、そもそも1970年代までは、企業の成長と社員の豊かさがつながっていました。企業が利益を社員に還元していたからです。また、お金持ちから税金を多くとる「累進課税」の率が高かったのですが、その頃が経済は最も成長していました。貧富の差が少なく、皆が安心してお金を使えたからです。しかし、企業成長と社員の豊かさは、サッチャーやレーガンが主導した「新自由主義」によって分断されました。それ以来、人がコストになり、部品化・商品化されたのです。今では、人のほうも自分を商品だと思っている節があります。同時に、貧富の差が広がって、皆がお金を使わなくなりました。ほとんどの人は先が不安で使えないし、金持ちは使い道がないのです。貧富の差が大きくなるというのは、お金が使われなくなることでもあるのです。

太田 アベノミクスで、家計も企業もため込む一方で使わないのも、そういうことですよね。

高間 そうです。しかし、アメリカでようやく揺り戻しが起きています。最近、シリコンバレーのベンチャー企業をはじめとして、ファイザー、IBM、コカ・コーラなどの大手企業を含む50社ほどが、「人事評価制度での段階付け」を取り止めました。実に大きな変化です。そこには2つの理由があります。人は評価を気にした途端、失敗を恐れてクリエイティブでなくなり、生産性が上がらなくなることがわかっています。現代企業ではクリエイティビティが最も重要な資源ですから、その損失を防ぐために、評価制度を廃止した側面があります。ですが、これは主に、人事部が経営に説明するための理由です。人事部が本当に大事にしているのは、「人の尊厳を回復しよう」という想いだと思います。「人が人を評価すること自体に問題があるのではないか」という問題意識が、根本にあります。新自由主義によって分断されたつながりを回復し、お互いが安心して信頼し合える、人としてのあり方を見直そうという動きが出てきているのです。

 コクリ!プロジェクトでは、全員が一人の人であること、その人の可能性を解放すること、そして一人ひとりが本領発揮していくことを重視しています。評価制度を止めた会社と、想いは同じですね。

べっく その話と関連する大きな課題が一つあります。文化的な豊かさが目的で、経済は手段という本来の主従関係をどうやったら取り戻すことができるのか、ということです。実は、田舎では、いまだに文化的な価値を持っている人のほうがお金持ちより偉いところがあります。たとえば海士町では、神楽の師匠がとても尊敬されています。この点などは、巡り巡って都会よりも先を行っている点かもしれません。

高間 湯河原辺りでは、植木屋は「庭の手入れをしてやった」、大工は「家を建ててやった」という言い方をよく聞きます。なぜかといえば、職業的関係はかりそめのもので、それ以前の地域内の人間関係のほうが根本的だからです。地域内での関係がある以上、単なる客と業者にはなりえないのです。こうした重層的な関係を取り戻すことも大切なのかもしれませんね。

イノベーションは「関係」から生まれる

べっく 僕は、社会と自分との関係性には、自分たちが当たり前に行う「自分ゴト」と、お金を払う代わりに他の人にやってもらう「権利と義務の交換」の二つしかないと思っています。自分たちの土地だから、地域の掃除は自分たちで手分けしてやるというのが自分ゴト。たとえば海士町では、地域清掃はとても大切なことで、ほとんどの住民が参加しています。一方、税金を払っているから、公共の掃除はしてもらえるというのが権利と義務の交換です。

海士町にいると、人が少なく、顔見知りだらけでその人たちの暮らしが見えるから、自然と自分の住む社会に対する自分ゴトの領域が広くなります。ゴミ焼却場のスタッフもみんな知り合いですし、あそこのお子さんが大学生で生活にお金がかかっているだろうな、ということもわかっています。だから、ゴミの有料化に対しても、何の反対も起こりませんでした。行政が一生懸命頑張っているのを住民はみんな知っていますし、ゴミ収集や焼却に関わるスタッフのみんなの生活が成り立たないと困ると、みんな分かっていますからね。関係性が小さいと、1つの変化が全体にどんな連鎖反応を起こすのか、その先が見えやすいんです。

一方で、たくさんの人が住む都会で顔の見えない関係性の中では、目先の変化しか見えない。その先の連鎖反応への想像力が働きにくいんですよね。だから、ゴミ有料化の反対運動が起こったりして、社会変革がなかなか前に進まない。自分ゴトの領域が広い人が増えると、地域や都市は変わっていくと思います。

高間 マルティン・ブーバーが言う「我―汝」「我ーそれ」ですね。

べっく 「我―汝」が自分ゴトで、「我ーそれ」が他人ゴトでしょうか。

高間 そうそう。「汝」は我の内部にいる話し相手のようなもので、「我―汝」の間で世界は自分ゴトになっていきます。一方、「我―それ」は自分が歴史や組織などの外部に接することを示します。他人ゴトですね。コクリ!プロジェクトでは、政治、環境、経済といったものも、すべて「我―それ」ではなく、「我―汝」の関係で考え、変えていこうとしていますよね。すべてを自分ゴトと考えるのが、コクリ!の流儀だと思います。コクリ!に関わる人たちの自分ゴトの領域は確実に広がっているのではないでしょうか。

ところで、世の中の本質の捉え方を「実体主義」と「関係主義」に分ける考え方があります。実体主義とは物事の本質は実体にあるという捉え方で、関係主義は関係に本質を見る捉え方です。僕は、正しいのは関係主義だと思うのです。たとえば、イノベーションを起こすにはシーズとニーズが大事などとよく語られますが、実際は、イノベーションは人と人の関係から生まれるものです。多くの人が、実体が本質で、関係はサブだと思っているわけだけれど、本当は実体がサブで、関係が本質ではないでしょうか。たとえば、箱ものはサブで、建築物を通じて生まれる関係こそが本質だといったイメージです。

べっく 海士町には、キンニャモニャセンターという名前のフェリーターミナルがあり、それをつくった役場職員の方は「考え抜かれたハードは究極のソフトだ」と言っていますが、その考え方も関係主義ですね。

賢州 京都に「うさと」という変わった会社があって、僕はこの会社に接するたびに生き方を考えさせられます。うさとはタイの手織り布で服を作っているのですが、その布を織るタイの女性たちには、「自分なりのペースで、自分が美しいと思うものを作ってください。できた布はすべて買い取ります」と伝えています。自然じゃないという理由で、ノルマや納期を一切設定していないのです。布ができなくても、仕方ないという考え方です。生産量よりも彼女たちとの関係を大事にしているのです。

賢州さん/嘉村賢州さん/NPO法人 場とつながりラボ home’s vi 代表理事

また、彼らは販売方法も独特で、主に日本全国のコーディネーターの方々が展示会を開き、販売しています。そうすると、たまにコーディネーターの方が返送してきた服の枚数と販売数が合わないことがあるそうです。驚いたことに、最近彼らは満場一致で、服の数と販売数を数えることを一切止めました。なぜかといえば、数が合っていなかったら、どうしても誰かが盗んだのではないかと思ってしまう。そう思うだけでも、互いの関係を壊してしまうからだと言います。彼らにとってはとにかく関係性が一番大事で、関係性を優先するためなら、コントロールを放棄してもよいのです。

べっく いっそのこと、コクリ!プロジェクトも関係性づくり、プロセスづくりに徹すればいいのでは? 「シューマッハ・カレッジ」のサティシュ・クマールは、「成果なんてものはない。すべてがプロセスだ」と言っています。関係やプロセスを大事にする豊かな土壌を育めば、あとは自然と良い方向に進んでいくのではないでしょうか。

太田 僕もそう思います。今、仮想通貨で注目されている「ブロックチェーン・テクノロジー」は、国が貨幣を発行するのではなく、全員で情報を共有することで貨幣価値を保つシステムです。つまり、国や第三者機関などの実体ある組織ではなくて、「関係」が価値の源泉になっているんです。

今後、SNSも含めたテクノロジーの発展によって、貨幣だけでなく、おそらく少しずつ、あらゆる領域で、関係こそが価値を生み出し、イノベーションを起こす源になっていくはずです。そのときコクリ!プロジェクトは、参加者同士が良い関係を築くとともに、全員が関係の創り方や扱い方を学ぶ場、良い状態を生み出すファシリテーション技術を学ぶ場であればいいと思います。

…さて、前編はここまで。後編をお楽しみに!

 

「問題になる前」に取り組んで、世の中の「生きにくさ」を減らしたい――「夢のワーク」と「コクリ!研究合宿」

 

2018年6月の「コクリ!研究合宿@フフ山梨」を経て、なおこさんは、問題になる前に挑戦しないと、世の中の生きにくさを減らすことはできないことに気づいて「家族計画建築」を思いつき、「家と家族についてのラーニングコミュニティ」を立ち上げることを決心しました。

 

コクリ!の深い話(13)知性主義と反知性主義を「同根」と捉えない限り、何も解決できないのではないか? ●ドミニク・チェンさん

 

「大きくならない都市をつくることもできるのでは」「ユーザーが場を発酵させて良い状態にしてくれたWebコミュニティをつくった」「精霊の声やものの声は聞こえる人には本当に聞こえている」といったお話を縦横無尽に伺っていきました。

 

コクリ!の深い話(12)AIが「持続可能で幸せに暮らせるのは地方分散型社会」だと予言した ●広井良典さん×日立京大ラボ

 

「AIを活用した未来シナリオ研究」を行っている京都大学教授の広井良典さんと日立京大ラボの加藤猛さん、福田幸二さんに、「日本の破局を防ぐには、10年ほどで“持続可能性の高い地方分散シナリオ”に持っていく必要がある」というお話を伺いました。

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