コクリ!プロジェクトやコ・クリエーションに関係する深い話をさまざまな方にインタビューしていくシリーズの第7回です。今回は、『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』に「世界標準の経営理論」という連載を持ち、いくつものサイトで対談連載を抱える気鋭の経営学者・入山章栄さん(早稲田大学ビジネススクール准教授)のところに研究チーム4名で押しかけ、コクリ!2.0についてお話ししてきました。コミュニティ、ビジョン、センスメイキング理論、アナロジーなど、さまざまな話に花が咲いた濃密な2時間の模様を文章でお届けします。まずは前編です。
※研究チーム参加者:愛ちゃん(三田愛/じゃらんリサーチセンター研究員)、賢州さん(嘉村賢州さん/NPO法人 場とつながりラボ home’s vi 代表理事)、洋二郎さん(橋本洋二郎さん/株式会社ToBeings 代表取締役社長)、直樹さん(太田直樹さん/前総務大臣補佐官)
問いを見つけるのが一番クリエイティブ
直樹 今回は、僕たちが取り組んでいる「コクリ!プロジェクト」と「コクリ!2.0」について、経営学の視点からいろいろとご指摘いただけたらと思っています。
愛 まずはコクリ!プロジェクトについて説明したいのですが、この映像を見ていただくのが早いと思いますので、ご覧ください。
入山 ありがとうございます。本当にさまざまな参加者が、コクリ!の場に集って話し合っていることは、映像を見るだけでもよくわかりました。ただ、いったい何を話し合う場なのでしょうか?
賢州 参加者同士が自分たちの「根っこ」でつながり、自分が本当に抱いている課題意識を共有しながら、対話していく場です。
入山 毎回何かテーマを決めて、それについて話し合うのですか?
賢州 いえ、ノーイシューなんです。ノーイシューで始めて、プログラムのなかで参加者の皆さんが自分たちの課題意識を共有しながら、イシューを自分たちで生成していってもらうスタイルを採っています。
入山 ノーイシューなんですか! それは面白い。実は僕も、2016年から『ハーバード・ビジネス・レビュー』の連載に合わせて、勉強会コミュニティをつくっています。参加者の皆さんに過去の連載を何号分か読んできてもらい、その内容についてディスカッションしていく勉強会です。約3カ月に一度開催しているのですが、最近は人気が出て、有料なのに告知した瞬間に枠が埋まるようになりました。大企業の幹部から大学生、北海道の漁村の方まで、本当にさまざまな方が全国から集まってくるんです。ただ、この勉強会は明確なイシューがある。勉強会を続けているからわかるのですが、ノーイシューでコミュニティを創るのはすごく難しいことだと思います。実際、日本にはノーイシューのコミュニティ・場はほとんどないですよね。なぜ実現できているのか、気になります。
愛 私たちは、日常の思考・行動スタイルのまま対話に入るんじゃなくて、まずは自分の「根っこ」につながって、自分が心の底から大切にしたいことを意識してもらうようにしています。その上で、ここに集まったメンバーと本当に話したい問いを考えるんです。
入山 内省して問いを見つけるということですね。実は「問いを見つける」のが、一番クリエイティブなことですよね。
洋二郎 コクリ!メンバーの皆さんは、イシューがあればいくらでも語れる方々です。だからこそ、イシューをいったん外すんです。そして僕の場合は、頭ではなく体のほうが、自分のこと、たとえば自分の人間関係における課題を知っているかもしれないという前提に立って、身体系のプログラムを考えています。体の声を聞くと、自分が良い状態になれる道がわかってきます。
なぜ大平原や砂漠に行って自分を見つめる研修をするのか?
入山 ところで、コクリ!の場から生まれてくるイシューには何か傾向があるのですか?
愛 まだ詳しくお話しできる段階にはないのですが、ノーイシューで問いを考えるなかから、「リーダー偏重モデルからの脱却」「マッチョな経済モデルからの脱却」といった中心的な問いや課題が浮かび上がってきています。そのなかから、方向性やキーワードや鍵になる考え方を見出せたらと思っています。
入山 なるほど。つまり、「内省して、何をやりたいかを見つける」のがコクリ!の場なのですね。よくわかりました。実は最近、僕は「内省」に興味を持っています。というのは、これからは「ビジョンベースの時代」になると考えているからです。今後は、企業も個人も、どういったビジョンを持っているかが強く問われますし、自分と会社、自分と相手のビジョンのすり合わせが大事になってくるんですね。企業も個人も、明確なビジョンを持っていないのが最悪の状態で、自分がどういう人間なのかを明らかにして、自分なりの「ビジョンの軸を持つ」ことが重要になってきます。その点、名だたるグローバル企業の方々とお話しすると、そこで働く方々のビジョンが揃っていることがわかります。それは、普段から従業員一人ひとりが会社のビジョンと自分のビジョンをすり合わせているからです。日本でも、皆がそうしたことをする時代が近く来るはずです。
では、自分がどういう人間かを明らかにして、ビジョンの軸を創るにはどうすればよいかというと、「内省」するほかにないんです。たとえば、仲良くしている人事界の大御所である八木洋介さん(前LIXILグループ執行役副社長)は、部下のビジョンの軸をつくるために、彼らをモンゴルの大平原に連れて行き、満天の星の下で「お前の人生は何なのだ!」と問う研修をしていたそうです。そうしたインプレッシブな場所で自ら内省しない限り、個人のビジョンはなかなか立ち上がってこないのでしょう。皆さんがコクリ!プロジェクトを通して実現しようとしているのも、似たようなことではないかと思います。
直樹 おっしゃるとおりです。特に、企業内などではなく、マルチステークホルダーで内省するのが、コクリ!プロジェクトの大きな特徴の1つだと思います。実は、僕たちがベンチマークにしている団体に「サステナブル・フード・ラボ」があります。世界の食品関係の製造・流通・小売企業の皆さんが集まって、マルチステークホルダーでサステナブルな食について追求している団体ですが、ここでは48時間、砂漠で1人になって、自分が本当にこれから何をしたいのか考えた上で、皆でダイアローグを行うといったプログラムを行っています。八木さんのアプローチに似ていますね。
世界共通の規範が企業ビジョンになる時代が来た
入山 八木アプローチは世界にもあるのですね。ところで、今からお話しすることは、2017年10月号の『ハーバード・ビジネス・レビュー』の連載(第37回・ガバナンスと倫理と経営理論)に書いたことですが、僕は、企業ガバナンスと「よい世界をつくること」が、同期する時代がやってきたと考えています。従来、経営と倫理の追求は別ものと考えられてきたのですが、最近は、企業ガバナンスと倫理がくっついてきているのです。
ある研究者たちは、世界の倫理規範が、国家・民族・文化・宗教といったコミュニティ固有の規範「ローカル・ノーム」と、それらを超越しても持ちうる普遍的な規範「ハイパー・ノーム」の2つに大きく分けられると考え、現在その前提でさまざまな研究を行っています(この考え方を専門的には「統合社会契約理論」と言います)。たとえば、人の命や健康に関係することはハイパー・ノームに入ることで、世界中の人々が一様に大事にしようとしますが、従業員の雇用問題に関する規範意識は、同じアメリカ人でも、その人がアメリカで働いているかロシアで働いているかで回答が異なる、という研究結果があります。すなわち、多くのビジネスパーソンにとって雇用問題はローカル・ノームだということですね。
僕は、長期的に見れば、これからは「ハイパー・ノームを追求する企業」が経済価値を創造する可能性が高いと確信しています。これは実際すでに起こっていることで、たとえば、ユニリーバは、ポール・ポールマン氏がグローバルCEOになって以降、「環境負荷の半減」「10億人のすこやかな暮らしの支援」「数百万人の暮らしの向上」といったハイパー・ノームを企業ビジョンに掲げ、世界各国で取り組みを続けてきました。一方でユニリーバは、ポールマン氏がCEOに就任してから8年間で、同社の企業規模を2倍以上にしています。実は、2017年に早稲田大学でポールマン氏を招いて講演会を行ったのですが、彼は「世界の貧困問題を解決したい、」「世界のすべての人を貧困から救い出したい」ということをひたすら話していました。ハイパー・ノームへの関心が非常に強い経営者なのです。このように、企業が優れたビジョンを持つか否かがビジネスに直結する時代が来ています。同時に、個人もビジョンの軸を問われるようになってきているのです。
そして、コクリ!の場は、まさに内省して、自分なりのビジョンの軸を見出す場としても貴重なのだと思います。ところで、ビジョンの軸を創る際には、基本的には皆さんが「根っこにつながる」と言っているように、原体験を振り返ることが大事ですが、一方で多くの経営者に話を聞くと、ビジネスを進めるなかで、後づけでビジョンが生まれてくることもあるようです。ビジョンの軸を創るにも、八木方式、コクリ!方式、後づけ方式と、さまざまなやり方がある。興味深い点です。
地域に行ってボーっとするとクリエイティブになれる
入山 ところで、コクリ!プロジェクトは地域活性・地方創生を1つのテーマとしていますが、私個人は経営学者として、今後もビジネスの世界では東京一極集中が進むと考えています。なぜなら、逆説的に聞こえるかもしれませんが、インターネット時代になったからです。現代では、インターネットに上がっている情報は、逆に言えば皆が共有できるものなので、もはや大きな価値がないのです。インターネットの時代だからこそ、本当に価値ある情報や知識は、同じ空間を共有した相手から直接手に入れるものになってきていると考えています。知識は人に依存しており、決して遠くには飛びません。ですから、価値ある情報・知識を得るには、それがあるところにやってくるほかにないんですね。僕が所属する早稲田大学ビジネススクールなどは、そうした空間の典型例で、全国からさまざまな方が集まってきています。そうして有益な情報や知識を求めて流入するビジネスパーソンが絶えないために、結局は大都市のビジネス一極集中がより進む、というのが僕の仮説です。
ただ一方で、クリエイティブになるためには、ボーっとしたり、ホッとしたりして、脳を休ませることが大事です。ヒトは、脳がリラックスして、ぼんやりとした状態になったときに「デフォルト・モード・ネットワーク」という活動が起こり、ひらめきや思いつきがもたらされるからです。ところが、東京のような大都市圏では、ボーっとできるところが限られています。こうした場所にふさわしいのが、地域です。たとえば、僕はよく軽井沢に行くのですが、実は大手IT企業の経営陣がたくさん軽井沢に住んでいて、月曜から金曜までは東京、週末は軽井沢という生活を送っています。みな、脳を休ませたいんでしょうね。東京一極集中が進むからといって、地域は必要がないというわけではありません。都市には都市の、地域には地域の役割があるのだと思います。
賢州 おっしゃるとおりで、東京に住む方々がたまたま海士町や小布施町などで出会って、話が盛り上がり、新たな協働に向かっていくというケースをよく耳にしますね。
入山 やはりそうですよね。ちなみに、そういうときって、単に話し合うのがいいのですか? それとも何か一緒に行動したほうがよいのでしょうか?
直樹 たとえば、海士町のべっくさん(阿部裕志さん)は、海士町の自然や営みに触れる「海士五感塾」を開いています。地域ならではのことを体験してみると、見えてくるものがあるのだと思います。もちろん対話はよいと思いますが、一緒に行動するのも効果がありそうです。
入山章栄さん
早稲田大学ビジネススクール准教授。1996年慶應義塾大学経済学部卒業。1998年慶應義塾大学大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所を経て、米ピッツバーグ大学経営大学院博士課程に進学し、2008年に博士号を取得。同年、米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールのアシスタント・プロフェッサーに就任。2013年から現職。